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母で主婦で会社員の中年のもろもろの記録

国家公務員

人事院が国家総合職の合格者数を発表、という記事が流れてきました。

1,717名、出身大学別の内訳は多い順に東大249, 京大131, 早大90, 北大69,  

だそうです。 

官僚といえば薪さんを連想するわたしです。薪さんの入庁までの経緯についてはいろいろと妄想を膨らませておりましたが、ここに来て俄かに官庁訪問に興味が湧いてきました。ちょっとググってみると、これ独特のシステムでおもしろいです。 

わたしの弟(次男)は地方公務員ですが、国家総合も一次試験は通っていたと最近知ってびっくりしました(弟は三十路ですが、新卒で民間に就職して2年で脱サラして1年勉強したので、既に国Ⅰではなかった)。彼は地元を離れる気がなかったので、中央省庁の行政職はそもそも選択肢になく、二次は受けていないそう。他にも家裁調査官とか運輸局とか色々受けていたようですが、5,6件合格して最終的に選んだのが地元自治体のようです。まあ、国家総合は一次通っただけでは何ともなりませんが、官庁訪問はやってみて欲しかったな!と今になって思います笑。あまり情報がないので、実態がよく分からないのです。 

で、官庁訪問体験記のようなものをネットで漁ってみました。詳細なものはあまり見つけられませんでしたが、大体のルールは分かりました。 

2週間が第1クールから第5クールまでに区切られ、

1…水木金、2…月火水、3…木金、4…月、5…

内々定を出すようです(今年は全然違う)。訪問は1日1省庁、1クールで同一省庁を複数回訪問するのは禁止。なので一省庁への訪問回数は最大5回。各クール初日に第1志望を訪問するのがセオリーのようです。待合室のような場所に集められて待機しつつ、ランダムに呼ばれて面接を繰り返し、不合格が決まった時点で帰され、その日の最後まで残され「次のクールも来て」と言われたら1クール突破、らしい。1日の面接回数は、ケースバイケースのようですが多いと6,7回で、 拘束時間が長く、朝イチから下手すると終電まで。短期決着で効率的ですが、ヘトヘトだろうな…と思います。学生もですが、職員も業務中に対応するので大変。でもここで偉い人に会えると、政策について深い話を聴けたりすることもあるようです。

5大省庁と呼ばれるのが財務、警察、外務、経産、総務で、これら人気省庁は、東大生や席次上位者以外が敬遠してしまい、むしろ訪問者数はそれほど多くないのだそうです。 

体験記などを読んだ感想ですが、希望の省庁に内定する人は、やはり総じて真面目で真剣。論理的思考力や情報処理の速さなどは、相手も賢いのですぐに見極められると思いますが、なにより、国民と国益に貢献したいという熱意、そのためにどのような政策分野で自分がどのように役立つかの分析、などが明瞭でないと採用されないんですね。まあ、就職活動とはそういうものですが。。。わたしはサボったクチだったので、そのような学生さんは本当に尊いと思います。とくに官僚の場合、省庁にもよると思いますが、もはや民間の比ではないブラックな労働環境や、メディアや世論の八つ当たりに近いバッシング、頭の鈍い議員に強いられる理不尽etc…に耐える覚悟を予め備えていなければなりません。給料も学歴と労働内容に全く見合わない。それらの悪条件を忍ても、ということですから、その高い志を心の底から応援します。というかいち日本人として縋るような思いです。頼むからがんばって。

 警察庁に内定した方の感想に「安心安全を守るという不変の価値」という一文がありました。総合職や一般職は、都道府県警察とは異なり、官庁訪問で比較検討して志望を固めるのだろうから、そもそも警察志向は薄いのでは、と想像していましたが、むしろ逆かもしれません。固い信念なくしては受け入れられない省庁であることが伺えました。薪さん…と萌えたことは言うまでもありません。以上。

墓と骨

鈴木氏の命日も過ぎ、あちこちの追悼式典にお邪魔して早くも夏を見送った気分です。で、お盆なので、なんとなく墓問題についてつらつら思うことを書き留めます。秘密の話ではない。

わたしの夫の実家は寺で、敷地内にお墓があります。熱心な檀家さんが多いのか、住宅街にある寺だからか?お盆に限らず、年中毎日誰かしらがお参りされているようです。当初びっくりしましたが、そういうものなんでしょうか。ちなみに夫は長男ですがサラリーマンで、色々あってここ数年帰省してません。住職は三男が継ぎます。曹洞宗で修業が大変厳しいです。

わたしの場合、祖父母の墓は両親とも遠方にあり、墓参りは夏のみで、年イチの行事でした。墓といえばはるばる行く場所で、それも中学入学ぐらいまでしか記憶がない。墓参りという行為にもまったくピンとこないまま。故人と関わりがなかった(会ったこともない)のと、信仰心というか、先祖を敬い感謝する心が薄いのでしょう…。いまでも墓参りって居心地が悪いです。石に向かって手を合わせる自分のポーズに薄ら寒い感じがする。幸いにも、大切な人を亡くすという経験がまだなくて、心がこもっていない。自分まで連綿と続いてくれた生に感謝する、というような謙虚さも欠けている。若輩者なだけかも。。。

で、例えば両親が亡くなって墓参りしたくなるかというと、ちょっと疑問を感じています。そもそも墓という場所に精神性を感じていないためかと思います。ただ、墓石の下には骨があって、それは故人の身体の一部だったものだから、想いを馳せる縁となるのかもしれません。だったら両親の骨は身近に置いておきたいなーと、数年前から思っています。墓って、故人と縁の深い、または代々引き継がれてきたような場所であって初めて、故人や先祖を偲ぶ空間の象徴として成り立つのでは。または信仰心や聖職者を信頼する気持ちがあれば、その場所を大切に思うようになるのかなあ。わたしは一応(ほんと一応)カトリック信者ですが、死後についての宗教的考え方には、まだ正直リアリティを感じられない。

わたしの両親は、自分用の墓を持っていない(父は次男だから?で母は父と同じ墓に入る気がない)ので、これから手配することになります。母は公園墓地だとか色々調べてはいますが、そこは、現在の居住地から近くて骨壷の保管に都合がいいという場所に過ぎません。母の故郷でもお気に入りの場所とかでもなく、わたしは今遠方に住んでいるので、頻繁に訪れることはできないでしょうし、参ってもやはりピンとこないことが想像できます。そもそも両親もわたしも、故郷と呼べる土地に今は住んでおらず、特定の場所に執着がありません。だからかなあ。だったら骨をちょっと分けてもらって、いつも身近に置いとく方がよくない?と思っています。思い出した時いつでも見て触れて合理的。小さくて収納も携帯もしやすい密閉容器がよい。墓石の前じゃないと偲べないということはないです。

ということを以前母に話したときは爆笑されました。まあ両親は自分の好きにしたらよいですが、わたしは自分の墓はいらないと思っています。死ぬまで離婚しなかったとしても夫と同じ墓に入ることには抵抗があります。娘に手間をかけさせるのも嫌ですが、意向は伝えて可能な限り簡略に済むよう手配しておきたいなーと思っています。

わたしの骨は、まずは火葬場でほんのちょっとだけ拾ってあとは引き取ってもらえるかどうか、遺族が確認。ちょっとの骨なら粉砕も自分でできます。保管容器は手のひらサイズでシンプルなものを自分で選んでおく。視界に入ってもちっちゃいオブジェ、棚にしまっても邪魔にならないサイズ。というのが理想です。骨を自宅に置くの、娘は嫌がるかな。。。

火葬後の骨を全部収骨すると、粉砕したい場合は業者に依頼することになりそうです。そして粉骨しても2-3リットルはあるらしく、これを処理するのはなかなか難しそうです。現時点で散骨を規制する法律はない(埋葬に関する法律はある)ようですが、適当にその辺に撒けるわけもない。散骨できる場所は限定されていて、意外と面倒です。

こういうことを考えるのは、今まさに母が墓問題に直面しているからかもしれません。母方の祖父の墓は、実家から車で片道4時間の場所にありますが、数年前まで母は、祖母の希望もあってほぼ毎月墓参りしていたと思います。ここ数年は年に4回ほどのようですが、母も高齢者なので、この長距離ドライブをいつまで続けるつもりなのか、わたしが不安に思っています。墓を移すことも検討はしているようですが。

そういうわけで、娘だって将来どこに住むことになるのか、ひとつの場所に何年居るのかまったく分かりませんから、墓があるという理由で特定の土地に縛られることがないといいなと思います。

以上、墓と骨についてでした。

音楽のこと

復旧サービスに出したHDDのデータが無事戻ってきました。よかった…改めてファイルを確認しながらしみじみ、頼んで良かった…と思いました。娘の写真や動画以外も十分プライスレス。 数千の音楽ファイルもそうで、久しぶりにiTunesのライブラリを流してみたらなんと懐かしい…。昔、インディーロックといわれるジャンルに傾倒した時期がありました。で、今年は夏の音楽イベントは軒並み中止ですが、そういえば本来この時期はフェスシーズンだなあ、と思い至りました。

ふだんつまらない日常を送っているわたしですが、音楽がたまに血が沸騰するような快楽を連れてくることがあります。はまるとくすりをキめたような(想像です)興奮と酩酊がフィジカルにやってきます。ああいまオピオイドが!脳に!大量に…!てかんじです。最近ないなあ。こういうときのわたしの脳内分泌物と脳波を、薬物依存症やCNS領域の研究のためにぜひ使っていただきたい。20代のころ、これを求めてクラブやライブに頻繁に足を運んだ時期がありました。当時好きだったのがクラブ・スヌーザーというイベント。スヌーザーという音楽雑誌(1997-2011)の編集長が主催・メインDJで、東京/大阪、たまに名古屋、福岡、札幌などでも不定期に開催されていました。1995年に始まったということですが、今でもたまに思い出したようにやっている?ならなんと四半世紀…。ジャンルはロック、ポップ、ダンス、わりと雑多で、決してオシャレじゃなく、ナンパなどもほとんどなく、音楽おたく(8割男・ほぼ固定客)が朝までひたすら踊り狂う、ある意味健全なイベントでした。たまらん多幸感に包まれるパーティで、めちゃくちゃ気持ちよかったです。イビサってこんなんかと(想像です)。

このイベントは、くるりのライブで知り合ったCDショップ店員の男子に誘われて知りました。彼とは、目ぼしいバンドが来日する度に一緒にライブに行くようになり、その度に新譜を用意してくれて、やがて彼のセレクトによる膨大な曲目がわたしのiTunesに収められたのでした。コンピレーションも大量に作ってくれた。転職と引越しで疎遠になってしまったけど元気かな。

当時はフジロックサマーソニックに毎年フル参加していました。札幌に交際相手がいたのでライジング・サンも、毎年キャンプで全日程参加でした。今思い返すと信じられん。当時も決してアクティブな人種ではなく、基本的にアウトドア嫌い、旅行嫌い、だったけど、若かった…。時代はOasisRadioheadSuedeBeckUnderworldBasement JaxxWhite StripesFranz FerdinandMuse、etc。これらビッグネーム以外も、いわゆるインディーロック、エレクトロ、ダンス系のバンド来日時には、チェックせずとも必ず誘いがあったのでほぼ網羅。ポストロックはあまり聴かないけどSigur Rosは今も大好きです。

近年はクラブもライブもフェスも縁遠くなりましたが、フジには今も毎年、行きたいなあと思います。一度は娘を連れて行きたいとずっと思っていて、毎年7月の終わりには、ああ今週末かと想いを馳せます。あの独特の祝祭ぽい非日常はあの場所でしか味わえないもので、近年は家族連れも増えているようです。今年のヘッドライナーはThe Strokesだったそうで。何度か観ているけど中止は残念な気持ちです。ストロークスといえば、ル・ロゼで出会ったという超のつく富豪の子息2人が有名で、今ならなんだか妄想を掻き立てらr(自粛)。

この夏は戻ってきてくれた懐かしい曲たちでおうちフェス妄想します。娘の夏休みで時間ができたら、タナソーのPOPLIFEでも聴いてみよう。

夏の始まり

秘密の沼の住人になってもうすぐ1年が経過します。この1年本当に楽しく生きられて感謝しかありません。で、本日は(あ、過ぎてる)鈴木氏のお誕生日で、どうやら祭の開幕の日らしいです。おめでとうございます。6年後。もうすぐ御生れになるんですね王子…。秘密はもう20年続いているわけですから、あと6年ぐらい平気で描いて…くれないかな先生…。

夏は独特の高揚や感傷を連れてくる季節ですが、この祭によって更に切なさが加味されました。各所を詣でて素晴らしい二次作品に泣きそうになっています。もうこれは、清水先生もお読みになったら涙なのでは…。

鈴木氏といえば、Genesisでとても印象的なシーンがあります。鈴木が薪さんに、人に迷惑をかけたり非合法なことになるなら協力できない、と言って、薪さんが少し驚いたように固まってから、それを聞いて僕も安心した、と微笑むところ。

ここすごく好きで…うまく言葉にできないけど、鈴木のまともさが薪さんの琴線に触れた、信頼を得た瞬間かと思います。プラス、知り合って間もない同級生に、自分に出来ることならなんでもしてやる、でも、の除外条件が迷惑行為と違法行為…もうびっくりする、こんな人。

これから約1ヶ月、夏を堪能したいと思います。ああでも、あまり浸り過ぎると悲しくなってしまうので気をつけよう。

 

さて、昨日は久々にこども宇宙科学館に行ってきました。横浜は光洋台というところにあり、年季の入った施設ですが、内容は充実していると思います。実験教室などもバリエーションが豊富で、昨年の娘の夏休みの自由研究はまるっとここで済ませて提出しました笑。数ヶ月締めていたようですが、現在は制限を設けつつ開館しています。カフェは営業しておらず、食事は不可でしたが、想定外に長居しました。

今期のプラネタリウムのプログラムのひとつがコナンで、娘が観たいというので足を運びましたが、いつも週末は、特に雨の日は激混みの館内が、なんと空いていること!使用禁止のものも多いけれど、ストレスフリーで遊べました。月面の重力を体験できる装置、各種放電を再現する装置、ピタゴラ装置…何度か訪れたことがあるけど、並ばずに済むのはとても楽でした。

公開講演などはオンラインのみでLive配信するようで、6月〜9月の土曜、JAXAの研究員のはやぶさ2にまつわる講義をYoutubeで視聴することができます。これ一度観てみましたが、面白いけど子どもには難しい、中学生ならあるいは…という感じでした。でも最終回は顔の売れたプロジェクトマネージャーの講義だし、横浜の小中学生だけじゃなくもっと広く告知すればいいのにな、と思います。

今週は七夕ですが、この時期この施設に毎年飾ってある笹が今年はやはりありませんでした。今年唯一目にした笹飾りは最寄駅の構内。短冊を書ける仕様にはなっていないものの、娘としばし眺めて楽しみました。七夕飾り作るの好きだったなあ。

リョーコさん第4弾

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週末また高輪まで足を運んできました。近所のパティスリーがなくなってしまったせいで欲求不満気味で…時々中毒のようにものすごくケーキが食べたくなります。

今回はチェリーとピスタチオのタルトです。相変わらず写真が残念ですが、ああもう美味しかった。断面を撮りたかったけど、ピスタチオのクリームがとても緩く、切るとみるみるデロ〜と落ちてきて上手くいきません。

タルト生地にピスタチオのペーストが練りこんであって濃厚な風味ですが、中に敷き詰めて焼いてあるチェリーの強い酸味が瑞々しくて(かなり水分がある)、たまらんバランス。コーヒーより紅茶が合います。至福…。最小サイズの14㎝ですが、ずっしりしていて、1/8カットで満足感あり。ピスタチオの風味が大人の味かなと思ったけど、娘の食い付き方もわたし並でした。ああまた食べたい。次はイチジクのタルト食べたい。

でもやっぱりケーキは近所で買うのが正解なんだろうなあと思います。たくさん保冷剤を入れてくれますが、これからの季節、会社帰りでも電車で持ち帰るのはストレスかも。

さて、7月から小学校の給食が始まります。よかった…。近ごろは、学校帰りにダンゴムシを愛でるあまり娘の帰宅が遅く、昼食を食べさせるのと会議がバッティングしやすい。昼イチ会議だとわたしはお昼抜きになる。この昼食問題から解放され、7月からは娘の帰宅は15時ごろとなる見込みです。夏休みはちょうど2週間のようです。短いね…。そして給食なし期間の長いこと。

この長い在宅勤務期間で、娘が家に居て気を散らしながら仕事することに慣れてしまい、学童の必要性が薄くなってきました。学校併設のキッズクラブには今年度の申込すらしていません。英会話の学童も一旦退会することに。娘の小学校では、1年生から時間割に「外国語活動」があり、2年生で「英語」が加わりました。けど、学童に英語教育を期待していたわけではなく、預かりメインだったので、親が家に居られるなら、英語については別の対策を講じる方がよい気がしています。

ただ、テレワーク週5がずっと続くわけでもないので、会社の方針が変わった時点で娘の放課後対策は考えねばなりません。今は、来たければ出勤してもいいよ、という感じです。緩い…。娘がiPadの操作に慣れてきたので、母がオンライン子守をしてくれると言っています笑。が…鍵を持たせることに不安が残ります。わたしが鍵を持ち始めたのは3年生か4年生だったような…。ご近所に、1年生から学童嫌いで鍵っ子という女の子がいますが、めちゃくちゃしっかりさん。どうしようかなあ。

データ復旧

数か月前のことですが、モバイルHDDが壊れました。7,8年は使っていたはずなので、寿命かと思いますが、問題は、ほとんどデータのバックアップを取っていなかったこと。ばか…。
容量500Gの半分も使っていなかったと思いますが、音楽ファイルと映像(写真)ファイル数万個が格納されています。他のデータはまあどうでもよいものばかりです。
音楽ファイルは、元メディアである数百枚分のCDを処分していないのでまあいいとして、問題は写真と動画です。iPhoneもPCも容量が小さいので、全てのデータをここに移していました。なので、娘の6年分の映像はほぼすべてこのHDDにあります。わたしは娘の写真をまったく出力しておらず、アルバムなども作っていません。誕生日にフォトスタジオで撮ってもらったものがあるぐらい。それも3歳まで。よく結婚披露宴で上映されるフィルムに乳幼児期の写真とか使われていますが、あれがまったくない、6歳まで。
とくに写真に拘りがあるわけでもなく、撮るのも撮られるのもどっちかというと苦手なわたしですが。娘は一人っ子だというのにこれはどうなの、と我ながらショックで...。諦めきれず、データ復旧サービス3社に見積を取ったところ、どうやら重度障害らしく、20万近くかかる模様...というわけで給付金はこのために消える予定…。
復旧成功率は7割ほどとのこと。涙。どうかどうか、復旧できますように…!今後はデータのリスク管理を徹底することを誓います。
 
と、ここでふと、秘密Genesisを思い出して、久しぶりに読み返してみました。
少年薪さんがアルバムをめくるシーンがありますが、薪さんの8歳までの写真てすべて焼失しているんでしょうか。超絶可愛かったでしょうに。。。そして写真についての妄想が膨らみます。
つよしくんの写真、幼稚園や小学校の集合写真なら誰かしら持っていそうですが、それより、琴海さんの実家にちょっとはないんでしょうか。わたしの娘や甥・姪の写真は、出産時や帰省時に母が撮ったものが相当数はあるはずです。つよしパパは薪家とは義絶していたということですが、Genesisでも他のエピソードでも、琴海さんの身内の存在にはまったく触れられていません。まあ、そういう親族がいれば、澤村氏が未成年後見人になる筈もなかったでしょうから、琴海さんのご両親は亡くなっている、もしくは何かしら事情があって疎遠なのでしょうか。
つよしくん8歳以降は、入学卒業などの節目の写真は澤村氏が残していそうです。なんかマメそうだし。実際アルバムには2人で映ってるっぽい写真がありました。きっとデータも一緒にあるでしょう…劣化しにくい媒体で…。
澤村氏亡きあと、荻窪の邸宅は売ったんだかなんだか分かりませんが、駅からタクシーらしいし、広い庭なんか超面倒だし、思い出とか辛そうだし、学生の一人暮らしには不都合しかないでしょう。すぐにでも引っ越したと想像します。薪さんお引越しのときは、当然鈴木氏が荷造りを手伝いますよね(妄想エスカレート。というかそんな二次を拝見したことあるような…)。
で、鈴木は澤村氏作のアルバムを発見して、当然全ての写真をつぶさに検分し、処分するなら俺が貰うって言い張ります。薪さんも、自分から捨てはしないかなとも思いますが…渋々アルバムを引越荷物に入れます。というわけで、あのアルバムは今も薪さんのクローゼットの奥に眠っています。
これは完全にわたしの願望&妄想ですが、鈴木が澤村氏のアルバムに感化されて、青春時代の薪さんを撮りまくってくれてたらいいな。薪さんは写真嫌いって話ですし嫌がりそうですが、ひよこ薪さんに母性を目覚めさせ、記録欲に火がつく鈴木。だって可愛いし綺麗だし。海とかゲレンデとか薪さんを連れまわしてカメラ小僧してほしい。そのうち薪さんも慣れっこになっちゃって、気にしなくなって、ふたり蜜月の記録が数千枚分残される、と…。
んで鈴木の遺品からカメラが出てきて、家族が、できれば親より美波ちゃんが中身観てほしいな。雪子が映ってるかと思いきや、薪さん専用カメラであった、とか…ううう…。
妄想で悲しくなってしまったので終わります。

近況あれこれ

6月になってしまいました。季節が変わる…今年の春はなんか空白なまま通り過ぎてしまいました。

さて娘が帰って2週間、課題に追われる日々でした…疲れた。娘はほんとに勉強が嫌いらしい、というかマインドが勉強向きでないのかな。先々に不安しかない。2年生ってこんなだっけか…。

小学校は、休校中も午前中の数時間だけ校庭が開放されていたので、娘は遊びには行っていましたが、今週からやっと分散登校が始まりました。6月前半は、居住地区で2グループに分け、午前と午後に分けて登校させるようです。日替わりで朝から行く日と午後から行く日があり、4コマ授業を受けて帰ってきます。学校滞在時間は3時間程度で、給食はなし。6月後半は全員揃って午前のみの短縮授業だそうです。娘の学校は毎年クラス替えがありますが、まだ全員揃ったこともないせいか、自己紹介などもなく、クラスメイトの半数以上の名前を知らない様子です。

その代わり?なのかなんなのか、パリの従兄弟とビデオ通話しながらタブレット学習(というかゲーム)するのが娘のブームです。従兄弟たちも今週から登校だそうです。でも休校中の課題は大量で、毎日提出(親がメールかな)、週1のオンライン授業にはクラス全員が揃っていたそう。すごい。

従兄弟のお兄ちゃんの方が娘と同じ歳で、毎夏会えるのをお互いすごーく楽しみにしていますが、今年は彼ら帰国できるか微妙です。ちなみに、フランスの学年は、生まれ月は暦年、1月〜12月で区切るそうです。日本でも学校9月スタートの話がありましたが、単に4月〜3月生まれの子どもの入学進級を後ろにスライドすると、娘は従兄弟より1学年下ということになってしまう。

 

さて、わたしの会社は、引き続き 来るな という方針で原則リモート勤務継続なので、家に居られることは有難いのですが、娘がいると仕事にならんというのが正直なところです。新人研修が終わってて本当によかった。というか全ては母(と弟一家)のお陰だった。頭が上がらない。

うちは1人で小学生でこんななのに、未就学児を複数抱える同僚も大勢います。どうしているのか。会議中も写りこむし、なんならみんな娘に こんにちは と言ってくれる。まあ社内会議ぐらいはまだいいとして、たまに講義をすることがあるので、対策しなくてはなりません。でも受講側も子どもの声がBGMみたいになっていることもある。もう気にしなくていいのか…全ては慣れなのかも。

そんなこんなで、相変わらず家から一歩も出ないのがデフォルトですが、娘を怒鳴るだけで日が暮れていくといった感じです。

それでも買物に出ると、最寄りの駅ビルなどは明らかに人出が増えて、食品フロア以外も営業を始めていて、ほっと和みます。日常っていいものだ。嬉しくてつい余計な甘いものとか買ってしまう。

以前は、会社帰りに娘と2人、もう晩ごはん食べて帰っちゃおう!という手抜き日が週に一度はあったのですが、それがままならず、給食もないし、娘が戻ってきてから食材の減りが目に見えて早くなりました。そもそも献立のレパートリーが貧困なのに、3食お家だともうネタ切れ…娘の夏休みがいつからなのかまだ分かりませんが、それまでに通常授業に戻ってくれるといいなと思います。

まあそんなところです。楽しみといえば土日の隙間時間にポロポロピアノを触るのと、「秘密」をネタに妄想するぐらい。まあ、日常です。

追記

今日は娘がダンゴムシを持ち帰り、うわ、となりました。逃してきてっつったら、でも女の子だよ、と、何が でも なのか。女の子は頭が黄色いと言ってます。真偽のほどは知りません。